時代の流れに抗うことがそんなにいけないことなのか。
 評価には二種類あって、「空気が読めていない」と「先見の明があった」の二種類である。内村鑑三は日露戦争直前に、キリシタンの立場から非戦論・絶対的平和主義を唱えたが、当時の日本国民全体の思想(ロシアを倒して朝鮮での国益を確保するのは当然)から考えるとこれは異端であった。今から2000年以上も前、中国で活動した墨子も、戦乱の世に合わない兼愛を説いた(孟子でさえ、易姓革命を説いている)。明治時代の作家、二葉亭四迷は、当時の「大学生」観に合致しないエリート像(ヒキコモリの先駆である)を描いた。彼らの考えや世界は、現代社会に生きる我々は容易に理解できるし、また共感も出来る。しかしながら、当時の人々にとって彼らは大衆を惑わす「頭のおかしい人間」であった。
 このギャップこそが私が今考えていることなのである。おそらく、彼らは後に自分の思想が脚光を浴びる世界が完成することを予期して、今自分が受けている世間からの批判を我慢していたわけではないだろう。あくまでもその浮いた思想は個人のポリシーに過ぎなかったのである。これまでに人間が行ってきた数々の戦争の悲劇を客観的に認識して初めて、我々は非戦論に対する直感的な共感心を手に入れたのだと私は考えている。何度も何度も戦地の惨劇を映像や写真で見せられれば、誰もが戦争にうんざりするものだ。そこで、「何故あの時代にはこんなにも素晴らしい思想が認められていなかっただろうか・・・。」などと思いをめぐらすのは愚かしいことだ。当時、その思想は異端であり、時代の流れに抗っていたのだ。今の観点で昔を測ってはいけない。
 近代的破壊兵器も何もなかった時代に非戦論を唱えた墨子を例に取ろう。この時点で、彼の思想は極めて個人レヴェルにとどまっており、非常に独創的である。つまり、非戦論・兼愛とは墨子の中で最後まで譲れなかったポリシーなのだ。だから彼を、「後に皆が戦争の愚かさに気付くだろう」と考えて非戦論を唱えていた先見の明溢れる人間だったと評価するのは、あまりにも恣意的だと言わざるを得ない。私は、墨子を、当時の世界の常識を理解できなかった異端者と位置づけている。
 だが、彼の異端性そのものを否定することは出来ない。たとえその思想体系がどんなに現行の社会から外れているものであったとしても、その思想家が自らの心情にしたがって主張している限りは、個人的美意識の結晶として正当化できるのだ。今の世の中にいくら過去の思想が適用できたとしても、その思想は当初考えられた思想が変質したものであり、過去の人々の理想が社会を変革した、あるいは運命論的に世界がその理想にシフトしたわけでは断じてない。
 先人の思想を学ぶことは非常にエキサイティングな行為ではあるが、その学び取り方を一つ間違えると、その思想家の天才的な面ばかりが強調されて、思想家自体への崇拝が生まれてくる危険がある。過去の引用は、後付的な運命論を大衆に押しつける可能性を内含しているのである。まとめると、異端と呼ばれる思想は、それ自体が異端であることは、社会に波紋を呼ぶため容認しがたいが、思想のバックに思想家がおり、その思想家が信念を持って「その思想を異端だと思うことなく」生み出したものであるならば、誰も個人の趣味を否定することなど出来ないのである。
 思想を一人歩きさせることの危険性を、もう少し見つめるべきではなかろうか。

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