「てやんでい!こちとら江戸っ子でい!」(2006.12.8)

朝日新聞の日曜版に、「ブックサーフィン」という中高生向けの書籍紹介面があります。そこで最近紹介されたのが、今回のトピックである「さされさん」です。
まず、呪いの剣に串刺しにされながらも、人の役に立ちたくて、ヘルパー稼業を営む少女、佐々岡支恵、通称「さされ」が、一家全員が呪われている「童子守家」にやってくるところから物語は始まります。呪いは、それよりも強い呪いで打ち消すことが出来る。だから、極めつけの呪いをかけられた彼女が、童子守家に来ることになったのです。全編通してドタバタテンションが続き、ついつい読んでいて肩に力が入ってしまいます。
そのうえさされは今時珍しいチャキチャキの江戸っ子娘。義理人情に厚く、常に「衝動・突発」といった語句がつきまとう彼女の言動、行動は非常に暑苦しく、妙に私の心を引きつけました。昨今、ここまで熱く、ベタなキャラクターが主人公の小説はあまり存在しません。あるとして、必ず「学園・青春」という枠で制限が加えられているでしょう。現代人が忘れかけている、熱い何かがここにあると思いました。
テーマは「環境の子」。呪われているという理由で、幼稚園の入園を断られたり、近所の人たちから白い目で見られたりしてずっと生きてきた童子守家の子供たち。彼らは歪んでいます。そんな彼らをさされは激しく叱咤します。状況がどんなに困難な物であったとしても、それを不幸だと決めつけて嘆く必要があるのか?どうして自ら一歩前へ進む気持ちがないのか?「有言実行」はただの言い訳にしかすぎないだろう!人と人との関係が希薄になってしまったと批判される現代社会への警鐘にも鳴り得る、心に響く(的を得ている)けれども、実践が難しい提言ですよね。
実際、私もこのような熱くまっすぐな生き方を体現できたらどんなにか素晴らしいかとはいつも考えているのですが、なかなか難しいです。人間の器の小ささを思い知らされると言いますか・・・その、上手く説明できませんが、突然の些細なことに一喜一憂している自分が、とてつもなく小さな存在に感じてしまうことがあるんです。
まぁ、作者もあとがきで本作に関して「おバカなライトノベル」と自虐的なコメントを残していますが、それは作者の謙遜であって、読者がライトノベルをエンターテインメント作品という視点でしか見られないとしたら、それは悲しいですよね。
本が発行されて、売れているのは、人々がそれを必要としているからに他なりません。ライトノベルのレーベルが大量に存在し、毎月無数の作品が刊行される現状から考えても、ライトノベルは社会的にひとつのジャンルとして容認されつつあることが見て取れます。
この話を展開するため、「さされさん」を引き合いに出した理由は、少し斜に読むと、非常に強いテーマ性が浮かび上がる内容だったからです。童子守家は人間集団の、さされはそこへ舞い降りた天使、いや、預言者の記号であると認識して読むと、人間関係に関しての問題提起にすぐになります。
このように、あらゆる書物は書物たる限り、必ずテーマを見いだすことが出来ます。「さされさん」。萌えるもよし、燃えるもよし、悩むもよし、そして涙を流すもよし。今後の展開に期待できる良作だと思います。

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