「失はれる物語@」(2006.9.3)

乙一短編集『失はれる物語』読了(まぁ、ずっと前に読み終わってはいたが

Calling You

頭の中で携帯電話をイメージしていたら、携帯電話が実体化(?)してしまう話。頭の中に電話がかかってきて見ず知らずの人と親しくなったりと、『ありえない』話ですので、ライトノベル感覚ですらすら読めます。友達のいない主人公、リョウが頭の中に語りかけることで、遠くの人とコミュニケーションを持ち友達となり、一人でも自信を持って行動できるようになっていく本作は、ただの『ライトノベル』にとどまらず、自分が一人であることを正当化する主人公のさみしさ、虚しさを鮮やかに描き出している良作だと思います。そして、とうとう『頭の中の友人』、シンヤとリョウが現実に会うときがやってきます。しかし、その時に悲劇が・・・。なんと、リョウの目の前でシンヤは交通事故で亡くなってしまうのです!
時間、場所を無視して電話がかけられる『頭の中の携帯電話』を利用し、死亡する前の彼に電話をかけるリョウ。必死に彼を救おうとするリョウですが、結局彼は死ぬことを運命と受け取り、自ら車の前に立つのでした・・・。その後リョウは、過去の自分に偽名を使って電話をかけます。昔の自分に、今の元気な自分を教えるために。
現在孤独に泣きたくても、いつかそのさみしさを乗り越えなければならないときはやって来る。それは自分にとって大切なものを失ったり、得たりする人生においての『転機』だ。『転機』を逃さなければ、必ず、孤独からは立ち上がれる・・・。そんな日常に疲れた我々へ勇気を与えてくれるメッセージが、本作には詰まっていると感じました。

失はれる物語

交通事故に遭い、右腕の皮膚感覚以外の全てを失った主人公と、ピアニストである妻の物語。妻は主人公の腕をピアノの鍵盤に見立てて叩き、コミュニケーションを図ります。その静かなリズムは暗黒の中に生きる主人公にとって唯一の心の支えになります。しかし、妻の指は日に日に悲しい旋律を奏でるようになっていきます。その原因は植物状態にある自分にあると直感的に悟った主人公は、妻にこれ以上迷惑をかけられないと、死ぬ方法を模索し始めます。しかし、全身不随の体では、自殺することすらできない。心の中で叫んでも、泣いても、笑っても、妻には伝わらない。主人公が生きた心地がしないまま暫くたったある日、彼は名案を思いつきます。
それは、妻の腕を叩く信号に、全く反応しないこと。彼は右腕の指だけは動かすことができ、それで妻とコミュニケーションを取っていたのですが、彼はそれをぴたりと止めてしまったのです。妻に自分を『死んだ』と思わせ、永遠の孤独へ自ら飛び込む主人公。僕は、彼があまりにも悲しすぎる存在だと思います。偶然の事故から『世界』をほとんど失い、最終的に罪悪感から残るたった一つの『世界』をも捨てる主人公。彼は、何一つ悪くないのに、罪悪感を感じているのです。苦しんでいるのです。しかし、それを伝えることすらできないのです。そして彼は、病院の物置に放置されるようになり、皆の記憶からは少しずつ排除されていくことになります。自ら全てを捨てることで、現在地上に健常者として生きている全ての人間を表舞台に立たせようとする、ある意味では『諦め』、またある意味では『悟り』を感じている主人公。彼は、我々に光を失って欲しくないのでしょう。当たり前の日常一日一日を、我々は、大切にしていかなければなりません。なぜなら、我々のみにも、いつこのような『想定外』のカタストロフィーが襲いかかるか分からないのですから。

「失はれる物語A」(2006.9.10)

前回の続きです。

他人の傷を自分に移すことの出来る特殊能力を有するアサトと『オレ』の話です。他人の傷を移動させることは実際には出来ません。しかし、何故か読んでいて現実であるかのように感じてしまいました。
クラスメートとのいざこざが原因で特殊学級に移された『オレ』は、そこでアサトと出会います。アサトは心優しい少年で、怪我をしている子供や大人の傷を、進んで自分の体に移動させます。しかし、移動するときには、その人が負った傷の痛みも同時に味わなくてはならないのです。『オレ』は、アサトが何故そこまでするのか疑問に思います。
その理由は、アサトの過去にありました。彼は、母親に殺されかけた経験があったのです!アサトは、母親に殺されかけたことで、自分は『要らない存在』であると感じ続けてきました。彼が人々の傷をもらい続けるわけは、『要らない』自分をあの世へ連れて行くためだったのです。そして、自動車にはねられた少年を目撃し、彼の傷を自分に移すアサト。アサトの体が歪んでいく中、『オレ』はアサトの傷を半分もらいます。『オレ』は、父親から虐待を受けていた経験があります。傷を負うことの苦しみは、アサトと同じように知っていたのです。幸い、アサトは一命を取り留めました。
最終的に彼ら二人は、もう誰かに傷を移すことなく、自分の一部として生きていくことを決意します。たとえそれがどんなに醜い傷であろうとも、それは親友と『分かち合った』痛み。辛いことがあっても、いつでも傷を通じて友に触れられる。『みんなちがって、みんないい。』という言葉のように、傷を自分のアイデンティティーとして捉えていこうとする二人でした・・・。
本作は、『児童虐待』『一家心中』という重いテーマを、一欠片の希望を残して描ききった、静かな感動、共感が得られる作品だと思いました。『オレ』は、傷だらけのアサトのことを、『どうしてこんなに美しいんだろう』と思います。自分にとって尊敬すべき美しさを備えた人間が社会から疎外されている、というやり場のない怒りも感じています。『いい子』とは何か。社会が考える『いい子』像は、果たして真実なのか。普遍性という言葉でもって、個人の良さ(個性)を否定しているだけではないのか・・・。そんな言葉にならない不条理への疑念が、確信に変わったとき、それは画一化を進める社会への、個人サイズからの警鐘になるのではないかと思います。

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