「『夏と花火と私の死体』@」(2006.8.17)

乙一『夏と花火と私の死体』読了。初の乙一作品でした。流れるような単文の連続が新鮮に感じました。この本には二つの短編が収録されていますが、まずは表題作から感想を書きたいと思います。
とある村に、五月ちゃんという女の子と、友達の弥生ちゃんと、その兄の健くんがいました。彼らは非常に仲良しでした。ある日、五月ちゃんが弥生ちゃんと木登りをして遊んでいたとき、ふとしたことから健くんの話になり、『健くんとは他人でありたかった、そうすれば結婚できたのに』と言う弥生ちゃんに対し、五月ちゃんは『私も健くんのことが好き』と告白します。その時、五月ちゃんは弥生ちゃんに木から突き落とされてあっけなく死んでしまいます。そこへ駆けつけた健くんに、弥生ちゃんは『事故』と伝え、二人は、五月ちゃんの死体を分からないところへ隠してしまおう、と企てるのでした。
冒頭で五月ちゃんは弥生ちゃんに殺害されてしまいます。しかし、彼女の一人称で物語は最後まで語られます。これは本作の特筆すべき点の一つで、まさに『死体が語って』いるのです。この奇妙な点は、本作を読み解く上で非常に重要なポイントであると思います。この語り手は一体何者なのでしょうか。死体である五月ちゃんに、二人が与える刺激は、きちんと語り手が『感覚』として語っているのです、まるで死んだ『ふり』をしているかのように。この、霊魂が自らの死体を客観的に解説しているのではなく、死体自体が意志が宿ったかのように自らを語るという文体は、今まで僕のデータベースの中に存在していませんでした。僕は、死体は生きている者に思いを伝えられないだけで、思いを持たないわけではないのではないか、と思いました。
次に、弥生ちゃんが五月ちゃんを木の上から突き落とした動機ですが、これは単なる突発的な嫉妬だったのでしょうか。本能的に、自らのライバルを減らそうと考えたのでしょうか。いずれにせよ、彼女は日に日に五月ちゃんを殺した事への罪悪感を強く感じるようになります。周りから自分の様子がおかしいことを心配され、ばれたのかと怯え、『友達がいなくなって可哀相』と同情され安心する。自らの罪を懺悔したいが、その後の扱いを考えると出来ない。自らの罪を暴いて欲しいが、それはとても悔しくて虚しいから嫌だ。これらの相反する欲求のコンフリクトに九歳にして悩む弥生ちゃんは、全身の感覚が鋭敏になり、周囲の目が気になり、内から来る恐怖と外から来る重圧感に押しつぶされそうになります。
そんな彼女を言葉と笑顔で支えるのが兄の健くんです。彼は大人びた言動と冷静を装った行動であくまでも気丈に振る舞います。彼は、この事件に一種のゲーム的要素、『普段の退屈な日常からの脱却』というスリルを感じ、死体隠しを大人たちとの『駆け引き』と見なしています。まさに第二次反抗期にあたる彼は、死体を隠し通すことによって子供たちの代表として『大人への反抗』を成功させているように錯覚してしまいます。五月ちゃんの死に対しては、弥生ちゃんが最も素直な人間としての反応を示していると思いました。
過剰なストレスに、壊れていく弥生ちゃんと狂っていく健くん。そんな二人の『遊び』は、すでに大人にはばれていました。彼らの従兄弟の緑さんは、五月ちゃんの遺品から状況を推理し、二人の行き先に先回りしていたのでした・・・。
普通のホラー小説なら、ここで話は終了するはずですが、本作の素晴らしい点は、まだ少しコーダが続くところです。最終的に、五月ちゃんの死体は、緑さんの勤めるアイスクリーム工場の冷凍庫に保管され、五月ちゃんを多数の『青白い』顔をした子供たちが囲んでいる描写で本作は幕を下ろします。この、五月ちゃんが『初の被害者』ではないという背筋が凍るエンディングに、舞台である村の異常性を認めずにはいられません。結局補導すらされなかった健くんと弥生ちゃん。子供の死体の処理人として君臨する緑さん。彼らは壊れ、狂い、補完されないまま生きていくのです。彼らは確かに今絶頂にあります。しかし、やがて彼らにも頂から『転落死』するときはやって来るでしょう・・・。

「『夏と花火と私の死体』A:『優子』」(2006.8.20)

前々回の続きです。残り一話の感想です。『夏と花火と私の死体』の文が長くなりすぎたので、今回は手短に書きたいと思います。
清音は、鳥越家でお手伝いさんとして働いている少女です。彼女は、漢字の読み書きが出来ませんが、とても素直で可愛らしい娘です。彼女は、鳥越家の主人の政義を慕っていました。政義には妻がおり、名は優子といいました。政義はよく妻のことを口にはするのですが、清音はまだ優子に会ったことはありませんでした。
清音の仕事は政義の部屋へ食事を運ぶことでした。彼女は政義の部屋へ、彼と優子の二人分の食事を毎食運ぶのです。ある日、政義は清音に食事の量を半分にして欲しいと言います。清音は不思議に思いますが、主人の要望に応え、その通りにします。
日に日に、清音の優子に会いたいという思いは強くなっていきます。そこで、清音は、政義の留守を狙って彼の部屋へ忍び込みました。しかし、政義の言うような女性は、いっこうに見あたりません。その代わりに、彼の布団で寝ていたのは、大きな日本人形でした・・・。
まず初めに言っておきますと、この話は、結末がよく分かりません。『どんでん返しを狙っているだけだ』など一部のサイトでは酷評も見受けられますが、僕はなかなか巧い構成だなぁ、と思いました。清音は初め、優子とは政義の生み出した妄想なのではないだろうかという疑念を抱きますが、主人を悪く言ってはならないという彼女の純心はすぐにその疑念を消し去ってしまいます。しかし、政義が食事を半分にして欲しいといった理由を考えると、『優子が実在しない』から『二人分の食事を合わせて政義一人分の食事とする(半分+半分=一人前)』ということが容易に想像できます。清音は、政義を狂気から救うため、彼の眼前で人形を燃やしてしまいます。
政義は、そのショックから、精神病院に入院することになります。リハビリの後、とうとう退院の日がやってきました。その時の医者とのカウンセリングで、政義は驚くべき事を語り出したのです。

『狂っているのは、清音の方だ』と。

彼は、鳥越家の庭に、ベラドンナという猛毒の植物が生えていることを告白し、『清音は、それを食べたが偶然生き残った。その代わり、精神を病んでしまったのだ』とは涙ながらに語ります。医者は初めこそ困惑したものの、政義の話を聞くうちに、彼の言い分が正しいのではないかと思ってしまいます。
読者の『政義は狂っているに違いない』という予測は、政義の話で『狂っているのは清音なのでは?』と屈折させられ、最終的に『狂っているのは誰だ?』と闇の彼方へ葬り去られてしまいます。
肩すかしを食らいたい方には、オススメです。僕は、もう少し刺激的なエンディングを期待していたので少し残念でしたが、この不思議な余韻が残るエンディングも、『美』の点から見ればまあまあかな、と思いました。

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