「『クビシメロマンチスト』第一回」(2006.4.29)

西尾維新『クビシメロマンチスト』読了。
『クビキリ』からさらに突き抜けた展開、言動に翻弄されっぱなしでした。
前作が超完全ハード・ミステリーだったのに対し、今作『クビシメ』は、深い普遍性を持ったメッセージを秘めていました。
今回新たに登場したキャラクターは、京都を震撼させる連続殺人鬼、零崎人識(ぜろざき・ひとしき)、そして主人公いーちゃんの通う鹿鳴館大学のクラスメイトたち。
西尾先生の描くキャラクターは、みんなどこか壊れていたり、欠けていたりします。実際にはあり得ないような強烈な個性をそれぞれ持ち合わせています。しかし、それらは実世界の人物像のデフォルメであり、我々の中に、そのような気質を持ったものは必ずいるのです。
だからこそ、気持ち悪いまでにデフォルメしすぎて突き抜けてしまったキャラクターたちが作り出す世界は、何気なく我々の無意識下の精神を刺激します。
『自分とは何か?』と死ぬほど悩んだことがあるでしょうか。悩んで死んでしまったもの、死ぬために悩むもの・・・などがこの本には登場します。前回同様、伏線の回収は完璧ですし、ストーリーの展開にも文句はありません。しかし、この本をただのエンターテインメント作品として片づけてしまっては、あまりにももったいなすぎます。非常にいろいろなことを考えさせられる作品でした。
詳しい感想等は、第二回へ続きます。

「『クビシメロマンチスト』第二回」(2006.4.30)

さて、昨日の続きです。
まずは恒例のあらすじから。舞台は京都、鹿鳴館大学。そこへ『鴉の濡れ羽』(前作の舞台)から日本に戻った主人公いーちゃんは、通うことになる。ちょうど京都では連続無差別殺人が起こっていた。いーちゃんは、その連続殺人鬼と接触し、親近感を持つようになる・・・。
プロローグの難解さは前作同様。そこから引用すれば、これは『一個世界が崩壊する物語』です。今回の物語は、いーちゃんと連続殺人鬼、『人間失格』零崎人識(ぜろざき・ひとしき)との邂逅から始まります。なぜかいーちゃんと零崎は互いに惹かれ合い、親しくなります。彼らは、二人とも世界の中では異端の存在です。二人は、互いを鏡の中の『自分』として認識しているのです。よく似ているが、微妙に違う、鏡に映る『自分』。自分自身が大嫌いな二人は、相手を通して自分自身とは何か、を模索します。しかし、答えは出ず、悩みます。
自分を『欠陥製品』と言い、自虐的ないーちゃん。そんな彼を好きになってくれる、女の子が本作には登場します。彼女の名は、葵井巫女子(あおいい・みここ)。鹿鳴館大学に通ういーちゃんのクラスメイトです。いーちゃんは、底抜けに明るい巫女子ちゃんと友人になることによって、他のクラスメイトとも親しくなります。
しかし、巫女子ちゃんの明るさは、その過去に秘密がありました。過去のある事件をきっかけにして、自らの存在がいかにちっぽけであるか、を自覚する巫女子ちゃん。ここで、彼女の一つの世界が崩壊するのですが、それでも巫女子ちゃんは必死に自分の世界を肯定しようとします。彼女のストレートな感情表現は、その手段の一つなのです。
自分の存在を再確認することによって世界の存在も肯定できる。『クビシメ』に登場するキャラクターは皆、自分の存在の小ささが大嫌いで、目を背けたくて、それでも必死に生きている。『自分の人生を肯定的に受け止め、自信を持って生きることの難しさ、辛さ』をこの小説は孕んでいます。
巫女子ちゃんは自らの人生を肯定的に生きてきました。しかし、彼女は『嫉妬、憤怒、憎悪』といった感情をも押し殺すことをしませんでした。いーちゃんが他の女の子に興味を持たないよう、クラスメイトを殺害してしまうのです。いーちゃんは、そのことに気づき、彼女を自首させるように遠回しに説得しますが、結果的に巫女子ちゃんは自殺してしまいます。他人から愛されても、それを明確な形で返すことが出来ないいーちゃん。よく言えば不器用、悪く言えば無関心。そんな彼は、巫女子ちゃんという自分を愛してくれた人間の死を通して、少しだけ心を開こう、と『間違って』思ってしまいました・・・。
第三回へ続きます。

「『クビシメロマンチスト』第三回」(2006.5.1)

それでは第三回(最終回)。
人間はいつも自分の世界を構築しては壊して生きている。自分の現在の常識ではかれない世界との出会い、それが一つの世界の崩壊である、と私は思います。
いーちゃんは、自分で思っている以上に今作で成長しました。他人のことを自分の心の中に置いて行動できるようになったのです。まぁ、最終的にはまたそれを否定し、『戯言』の一言で切って捨てるのですが。素直になれないいーちゃんは、人に心を開こうとしません。それは、

読者に対しても同じ

です。語り部が、読者を騙す小説というのも、私は初めて読みました。登場人物の心情は本人が語らなければ分かりません。嘘の感情を読者に対しても貫くいーちゃんが素敵です。『クビシメ』は、完璧に計算された衝撃作であると言えましょう。
この小説は全体を通して、自分の人生に目的を見いだすことの難しさを伝えてくれます。目的を見失った殺人鬼、目的を持つことの意義を知らず、それ自体を拒否する自称欠陥製品、目的を模索する大学生たち、はすべてこの主題を描くための小道具です。キャラクターの危なさに惹かれると同時に、その裏に描かれた悲哀を感じてください。
最後の真相の悲壮感。あの余韻は忘れられません。読めば読むほど深まる『クビシメ』。忘れられない一冊になりそうです。
最後に、今回の名言を抜粋してお別れしましょう。
『愛されなかったということは生きなかったことと同義である。』『俺の世界は最高だ。』『疑わしい奴は片っ端から殺していけ。最後に残った奴が犯人だ。』『殺してバラして並べて揃えて晒してやんよ』

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