「『惹かれ合う』という関係性」(2008.12.19)

高校も今年は残すところ一日。一息つくために久々に本の感想を書いてみようと思う。

中里十「どろぼうの名人」読了。透き通った文体が非常に心地よかった。悪く言えば全く山のない平坦な展開がダラダラ続いているが、それを気にさせない台詞回しや独白(モノローグ)は見事である。
主人公・佐藤初雪(中学三年生)は姉・佐藤葉桜の知り合いの川井愛のもとに預けられる。初雪は葉桜から「川井愛の妹になる」ように頼まれる。葉桜と愛はともに在日米軍に関わる裏社会の有力者であり、二人は「近藤紡株」を動かさないという約束を交わさなければならなくなった。そこで二人は「亡き母の霊に誓う」ように、初雪に約束を誓うことにしたが、そうすると実の姉妹である葉桜の約束と赤の他人である愛の約束が釣り合わなくなってしまう。だから、初雪は期間限定の「愛の妹」にならざるを得なくなったのである。
初雪は当初、姉のためという視点から愛とうち解けようと考える。自分が愛に気に入られなければ、愛はすぐにでも姉との約束を破るかも知れないとの危惧から、初雪は必死で愛の「妹」になろうとする。すると、初雪の中に無意識の恋慕の情が芽生えてくるのだ。人は、好きになろうと思って好きになるわけではなく、気付けば好きになっているのだろう。運命の赤い糸とか前世からの宿縁とか言う表現が成立するのも、この無意識性・意外性という理解が根底にあるからだ。好きになろうと努力している段階から、心から好きになる段階への移行は難しい。しかし、初雪は徐々に愛に惹かれていくのである。初雪は始めて愛に顔を寄せられた時、手を握られた時、心拍数が上がってしまった。無論、これは緊張によるものと言うよりは寧ろ「ときめき」によるものである。ファースト・インプレッションの時点から初雪は愛に惹き付けられていたのかも知れない。
そんな中、愛の娘・川井文(小学五年生)が登場する。愛は離婚しており、前の夫との子供が文だ。文は実の母親と別居しており、時折愛の所に顔を見せていたのだが、愛に義理の妹が出来たことで複雑な感情を抱く。文は実の母親を愛しているが、それは「家の外」の愛情なのである。文は愛に家に戻ってきて欲しい、復縁して欲しいとは思っていない。しかし、文の父(愛の元夫)は娘が復縁を願っていると感じている。だから文は父親の勘違いをこれ以上強めないように、自分が間違って母親の復縁を望まないように、あくまでも愛との関係を「家の外」のものにすることに拘る。この微妙な感情は、初雪が愛の妹になることで大きく揺らぐ。初雪に母を取られるのではないか。表面化した根源的な不安は文の恋慕を初雪に向かわせることになるのだ。愛は「文はまだ子供だがもう女の子」と言う。大人ぶってはいるが、やはり包み込んでくれる大きな存在を求め、それに寄りかかりたい年頃の文は初雪を通して母のぬくもりに触れていこうとしていくうちに、自然と初雪に惹かれていく。この流れも初雪が愛に引かれていく過程と同じである。この小説は、並行した二つの恋慕を柱にしていると言えるのだ。
初雪は愛の義理の妹になることによって、愛−文間の関係にも踏み込んでいくことになる。「何も事情を知らない」からこそ、初雪は愛と文を「仲直り」させたいと思ってしまう。愛と文のちょうど良い距離、お互いを傷付けないための微妙な距離を、ギクシャクした親子関係だと信じて疑わない初雪は、文・愛両者と仲良くすることによって二人の仲介を行うが、文に近づけば愛は不満が高まり、愛に近付けば文は不満が高まるという事態を招いてしまう。しかし、「ヤマアラシのディレンマ」的な親子関係を解消するために、初雪がそれぞれの人物と深く関わろうとするのは重要だ。上で述べたように、この作品は大きな恋慕の方向性を二つ有しており、それらは互いに立体交差する複雑なものである。また、強引な恋慕の形成から自然な恋慕が生まれて来るという不自然な動きも両者に見られる。作品全体を貫いているのは、不器用な「恋慕」なのだ。この恋慕は愛情とは違う。文が愛に対して抱いているのは愛情だが、初雪−愛・文−初雪の二つの関係性における「好き」は恋慕である。
つまり、この作品は所謂「ガチ百合」を題材としている。初めは初雪の立場の不安定さや葉桜・愛の関わる世界などに気を取られがちである。しかしながら、読み進めるうちに「近藤紡株」や「在日米軍」などのディテールは全く作品の本筋には関わってこないことが明らかになる。散々風呂敷を広げておいて、三人の女性――初雪・愛・文――の中で世界が完結しているのだ。個人の関係性が作品の外延と一致している一般的な小説とも、「世界」という大枠が個人の関係性に接近してくる(あるいは外延の包含関係が逆転している)「セカイ系」小説とも趣を異にしているのは非常に面白い。大きな世界の中に小さな世界が包含されているにもかかわらず、その小さな世界に着目することによって大きな世界が気にならなくなっていくのは不思議だ。勿論大きな世界の動向は、葉桜の発言等を通して窺い知ることは出来るけれども、それは直接的に二つの恋慕には影響してこないのだ。外側の大きい世界の状況を元に小さい世界に所属する人物は行動するが、「好き」という根本の気持ちは大きい世界の状況に左右されないのだ。
真っ直ぐに、愚直なまでに惹かれ合う彼女らの姿が全体の世界観を圧倒し、背景設定を些細なものに思わせる非常に清々しい作品である。彼女らの幸福を予感させる静かなエンディングが爽やかな読後感をもたらしてくれる佳作である。

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