「ローゼンメイデン二巻扉絵の真紅テラカワイスwww」(2006.7.18)

ようやく『半月』七巻読み終えました。
今巻から『半月』は短編集になります。短編集ですから、当然本筋とは直接関係ないサイドストーリー、アフターストーリーが中心となるわけですが、それでもなおかつクオリティーの高さを持続させているところに衝撃を受けました。本筋と全く関係ないところで『実は』起こっていたサブキャラクターたちの心の葛藤が非常に重厚で、涙を誘われました。
具体的に言えば、元レディースの看護婦谷崎の『女』としての母性、里香の裕一に対する素直な思い、生きていくことの辛さ、男らしさとは何か、責任感とは何か、公開することは本当に愚かか・・・などがサイドストーリー、アフターストーリーだからこそ遠慮せずに書かれているため、読者の心を大いに揺さぶります。
本編の軸である『いつ死ぬか分からない』里香と、『無力だが守る意志はある』裕一との心の交流、二人の学園生活への回帰は、僕たちを激情の濁流に飲み込みますが、今巻の内容は、静かな、お天気雨のような、優しくて、少し哀しい感動を与えてくれます。
もちろん、だからといってギャグがないわけではありません。本編ではすぐに死んでしまったセクハラジジイ、多田さんの道化的な姿が、センチメンタルシーンの後に効果的に挿入されており、しんみりしすぎないようバランスを取っています。
また、橋本先生の文体の特徴として、『モノローグ』が挙げられます。登場人物に鉤括弧なしの地の文で語らせることによって、心情の変化が明解かつ詳細に伝わってきます。さらに、そのモノローグの語り手が次々とめまぐるしく移り変わり、交錯する思いが良く表現されています。素直かつ単純で、非常に分かり易いストレートな感情表現は、得てして不愉快な気分にさせがちですが、それを『モノローグ』に抑えることで『他人には伝わらないが、確実に気持ちは動いているんだ』ということを巧みに示しています。
おそらく、橋本先生は狙わずに、自らの感性と経験をフル活用して小説を書いているのだと思いますが、仮に狙って書いているのだとしても、ここまでの透明で純粋な表現を並べ立てられるということは、恐るべき才能であると思います。
橋本先生の、鋭さと柔らかさを兼ね備えた人間心理描写のうまさが、遺憾なく発揮された『短編集』でした。

P.S.橋本先生は、八月に『半月』の最終巻を出した後、一般のレーベルで執筆活動を行うそうです。ライトノベルレーベル出身の作家が、よくも一般レーベルに受け入れられたな、という声もありますが、僕は、もはや『ライトノベル』というジャンル自体が肥大化しすぎて、その言葉自体が多義語化し、一言で言い表せないものになってしまっているのだと思います。
『半月』は、萌え文化に侵食されているライトノベル界に、迷い込んでしまった作品、とでも言うべきでしょうか。あと、別にその他のライトノベルを批判しているわけではないですよ。『半月』が独自性を持っている、只それだけの事なのですから。

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