最近メディアによるネット批判が激しい。その一環として、先日の報道ステーションで「ネット掲示板がいじめの温床になっている」という指摘がなされたが、今日私はこの指摘に関して思ったことを書いてみようと思う。
 番組によれば、ネットという「顔の見えない社会」で、学校生徒専用のBBSを開設することが、誹謗中傷を生み、学校いじめの原因やそれ自体になっているということだ。「○○ってウザイよね」「○○死ね」などとBBSに書き込まれた○○に当てはまる人がたまたまそのBBSを目にしてしまい、次の日から学校での行動が挙動不審になり、いじめが始まるらしい。確かに(詳しく調べれば分かることだが)普通の利用者がコメントの発信元を突き止めるのは困難を極める。BBS特有の匿名性が、このとき遺憾なく発揮されている。だから、被害者が自殺したり転校したりして「初めて」学校という公機関が権力を使って介入して、発信元を割り出すわけだ。とにかく発信元を突き止めるのは専門知識がある者でなければたいへん苦痛な作業である。
 次に、番組が問題視したのは、ネットの「不特定多数」に対してオープンであるという性格である。不特定多数が見ることが出来るBBSに誹謗中傷を書き込むと、いじめの内容や被害者の個人情報が容易に流出してしまい、ネット犯罪の温床になると主張していた(そういったコメントを削除しない怠慢な管理人も悪いとも言っていた)。これまた確かに、とうなずける意見ではあるけれども、実際、自分に全く関係のない人間のいじめ事情を知って嬉しい人間がどれほどいるのだろうか。また、前述の「生徒用BBS」は一種の閉鎖的なコミュニケーション空間である。きわめて個人的な空間に過ぎないのだ。似た例を挙げれば、公園の公衆トイレであろうか。利用したことがある人は分かると思うが、大抵個室の壁にはレヴェルの低い下世話な悪口などが書いてあるものである。公衆トイレが立地しているのは「公園」という公共の場であるにもかかわらず、その中にパーティション分けされた「私的空間」が混在しているのである。
 この例で考えてみれば分かるように、我々は自分の人間関係に全く関係のない人間のトラブルには興味を持たない。私はむしろ不快感さえ抱く。地方BBSの中でもとりわけローカルな「学校BBS」に、わざわざ無関係な第三者が入り込んでいって「やれ!やれ!」などと煽ったところで、誰も反応しない、或いは「お前誰だよ?消えろ」と突っ込まれるのがオチだ。学校BBSに罵詈雑言を書き込む者たちは、「いじめ仲間」と「いじめ」というネタを共有するために書き込んでいるのであり、決して他者にいじめを知らしめたい、被害者を多くの人間に知らせたいと思って書き込んでなどいない。結果的に、無関係で同じ学校に所属する人間がそれを閲覧して、「勝手に」学校内でその被害者を「あの人いじめられているらしいよ・・・」と蔑んで排除するような態度を見せているだけだ。「いじめ」とはあくまでも多数の暴力であり、個人間の問題ではない。加害者、傍観者はそれぞれ「○○のいじめショー」というパフォーマンスにおけるキャストと観客であり、格闘技で観客が興奮することで選手も発憤できるように、ここでも観客の視線というものは「いじめている側」にとっては大きなエネルギー、もっと言えば快感に変わる。初めにいじめ始めた者たちは、観客の存在を望んでなどいなくて、単純な個人的好悪を理由にしているのだが、自分達がいじめ続け、BBSに書き込んだりして楽しんでいるうちに、いつの間にか「観客」と呼べる存在が集まってくるので、まるで自分達が「いじめ」という演劇におけるヒーローのように錯覚を始めてしまう。これが「いじめ」のエスカレートと呼ばれる現象のではないかと私は考えている。
 上記の推論から考えるに、BBSへの誹謗中傷コメントはいじめエスカレートの誘発剤に過ぎず、断じていじめ自体の根本的な原因などではない。インターネットが存在しなかった時代、パソコン通信が存在しなかった時代にもいじめと呼ばれる現象はあった。広い視野で見れば、人種差別や先住民差別、発展途上国の植民地化などの動きも、いわゆる強者による弱者の「いじめ」である。それらには少々政治的思惑や経済的思惑は介在しているかもしれないが、現在の学校いじめでも、自分がいじめられないためにいじめに参加するという生徒も多いと聞くから、昔も今も特別大きく社会のスタイルが変容を遂げたわけではないのだろう。日本の警察は「別件逮捕」で有名だが、メディアもこれに似たような行動を取っているふしがあるのではないか。メディア側のネットへの個人的好悪(ニュースなどはネットでも見られるようになったので、そういった情報を独占していたメディアがネットを忌み嫌うのも当然と言えば当然だ)をあからさまに表現すると引かれるので、たまたま現在の社会に転がっていた「いじめ問題」とネットとの関連を無理矢理作り出して、ネットを叩こうとしているのである。これは、大変なことだと思う。自らの嫌いな対象を批判する目的で、面白半分で社会問題を持ち出しているのだから。
 最後に私の考えをまとめたい。拝啓メディア様。あなたが我々をブーイングするためにどのような話題を持ち出しても構わないが、きっとそれは無駄な努力である。ネット側は、メディアとの共存を望んでいるか、そもそもメディアのことを敵だと思ってすらいないのだから、もう少し柔軟な頭で考えて欲しい。
 ネットを批判すると、その批判はネット概念の表面を只ひたすら滑っていくのだ。私はネットの「存在」を否定するのだけは止めた方が良いと思う。

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